ボインの時代

「巨乳」という言葉が登場するまでは、大きな乳房を示す言葉として「ボイン」、「デカパイ」という言葉が使われていた。

ボインという言葉は1960年代初頭より成人向け雑誌に散見されていたが、一般に広く知られるようになったのは、1967年に大橋巨泉がテレビ番組『11PM』において朝丘雪路の乳房をボインと表現し、転じて朝丘をボインちゃんというあだ名で呼び始めたのがきっかけである[16]。朝丘は『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』に出演した際、「配送業者に拇印(ぼいん)を求められて、ボインを伝票に押し付ける」というコントを演じたこともある。巨乳タレントの元祖と評する者もいる。

「ボイン」は「ヒッピー」などと共にその年の流行語となった。また、1969年に月亭可朝が『嘆きのボイン』を発表し80万枚を売り上げるヒット[18]となったこともあり、ボインという呼称が定着した。ボインは、1970年代には小島功の『ヒゲとボイン』のように漫画のタイトルにもなり、1980年代に入っても人気アニメ『まいっちんぐマチコ先生』で「ボインタッチ」の語が使われた。

1977年、ハウス食品工業(現・ハウス食品)の「ハウス プリンミクス」のCMが放送される(子供たちが「デカプリン」と叫ぶと、大場久美子が恥ずかしそうに胸を押さえる)。この影響もあってか、ボインという単語は徐々にデカパイに置き換わっていく[19]。

2010年以降になると、造語である「巨乳」という語への置き換えが進み、2015年になると、俗語としての「ボイン」は事実上の死語となった。2017年現在、俗語としての「ボイン」を用いるのは、1960年代を知る中高年層以上の一部の者である。

アイドル界においては長らく清廉性が求められ、大きなバストはタブー視されていたが、1970年代後期に榊原郁恵が「健康的なお色気」という形でアイドル性との両立を果たし、その後のいわゆる巨乳アイドルの先駆けとなった。

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